アップル、崩れた“Apple神話”――無借金経営の看板を下ろす理由

apple-47c5dAppleが170億ドルの社債を発行。手元流動性は約391億ドルも確保しながら、なぜ無借金経営の看板を下ろす必要があるのだろうか。 財務見直しで株主還元  4月30日、ウォール街が驚いた。米IT大手のアップルが、事業会社としては史上最大規模、170億ドル(約1兆6500億円)の社債発行に踏み切ったのだ。

アップルが保有する現金など手元流動性は約391億ドル。これはライバルである米PC大手ヒューレット・パッカードをポンと買収できるほどの水準である。ただでさえ現金が豊富にあるのに、なぜ無借金経営の看板を下ろす必要があるのだろうか?  答えは株主を意識した財務政策の大転換だ。アップルが4月23日に発表した1~3月期決算は、ほぼ10年ぶりの減益。昨年9月に最高値705ドルをつけた株価は4月に385ドルまで低下する場面があり、この半年間、アップル株はウォール街で最も人気のない銘柄の一つだった。

株主の怒りを鎮めようと、アップルは決算発表と同時に今後2年間で1千億ドル相当の自社株買いと増配を発表。ため込んだ現預金の多くは米国外で寝かしており、米国に送金すると税金がかかる。これも社債発行が必要な理由だ。

アップルは低金利に目をつけて資本コストを引き下げる財務ギアリング(てこ入れ)を狙った。原則として、将来の売り上げと財務戦略は関係ないので、企業価値が一定だとすると負債側の借金(社債)が増えると金利支払い分は税務控除されるうえ、借入金利が低まる分だけ株式の利回りが上がる(てこ入れ効果)。需給面でも、借り入れた分だけ自社株買いするので結果的に株価が上がる。

一般に、ギアリングはリスクの高い初期投資が一巡して、収益が安定し始めた企業が取る財務政策である。対照的にアマゾン・ドットコムやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェイスブックは無配当経営で、稼いだ現金は株主還元よりもシステムや設備投資に資金使途を優先する方針を続けている。つまり、アップルの新しい財務政策は企業として次の段階、「成熟化」に移った証拠といえる。

アップルはブランドとマーケティング力で知られるが、「消費者のインターフェース(接点)を抑えた垂直統合」という川上のコンテンツから川下の端末までのバリューチェーン(価値連鎖)を、一気通貫で押さえた経営モデルが成功の本質だった。

スマートフォン(高機能携帯電話)やタブレット(高機能携帯端末)などを開発して、消費者が接する端末分野の新市場を作り、音楽配信のアイチューンなどを経て、コンテンツ利用に際してはアップルストアを経由させてデータを蓄積した。基本ソフトやブラウザーもアップル製なので端末の動作はスムーズで使いやすい。

こうした強みが頂点に達したのが、2011年に亡くなった創業者でCEO(最高経営責任者)だったスティーブ・ジョブズ氏が高機能端末「iPad」を発表した10年1月。そのころの株価は200ドル前後。以来、端末の競争が激化し、目玉だった商品開発も途絶え、11年初めには売上高成長率、同半ばにはマージン率が下降に向かう。

アップルにとって不幸だったのは、欧州危機などで仕込む銘柄がなかったヘッジファンドが頭打ちしたアップルを無理に買いあさり、「世間をアッと言わせる商品を作り続ける」という成長神話を延命させた点だ。アップル株は昨年まで、ヘッジファンド業界ではダントツで組み入れ銘柄ナンバーワンだった。  だが、昨秋に最高値をつけた前後に起きた、地図のアプリケーション・ソフトでのバグや顧客サービスの不手際で中国勢から批判されるなどの経営ミスをきっかけに「神話バブル」が弾ける。

足元では、テレビ、時計、廉価なスマートフォンなど新商品開発がうわさされているが、一度剥がれ落ちた成長期待を立て直すのは難しい。4月の決算発表を機に、英バークレイズは14年の利益予想を2割も下方修正した。

年初には米投資会社グリーンライト・キャピタル率いるデイビッド・アインホーン氏が配当の高い優先株を発行しやすくするようにアップルを訴えた。一株主に訴えられるのは、アップルが「普通の会社」になった証しである。

とはいえ、アップルの神話崩壊は、米国の資本市場にとっては明るいニュースとして解釈できる。故ジョブズ氏の後を継いだティム・クックCEOは、今回の決算で株主還元策を決めなければ、取締役会で突き上げを受けるのが必至だった。天下のアップルとはいえ、市場の圧力で経営効率が改善される企業統治機能が働いていたのだ。

[Source : 産經新聞 2013年05月07日 ]